日本語の刻印は嘉永6年6月9日上陸であるが、
英語による上陸の表示は1853年7月14日である。
日本語表記は旧暦だったため日付が異なっている。
建立は明治34年7月14日。

新暦への改暦は明治5年12月2日だった。
次の日が明治6年1月1日となったから、
明治5年の12月はたったの2日でおしまいとなった。
ということで
年の瀬の行事は無くなるわ、12月分の給料が無いわ
掛け売りの回収が出来ないわ、いきなり初荷が来るわ、
元旦に月が出るわ(それまで月夜の元旦はなかった)
で政府から下々まで大混乱だったらしい。

明治5年のえとは壬申(みずのえさる)。
壬申の乱から丁度1200年の節目の年だった。

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